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Make Local Happiness

自分の幸せは自分で作る!!!

起業して1年経って仲間が誰もいなくなって、自分はもっとやりたいことをやるべきだと思った

起業 雑談 振り返り

2015年は最高と最低の両方味わった気がします。

自己破産したとか、借金したとかお金が関わっていないので、まだまだ最低と呼ぶには可愛いですが、

今までの人生の中ではなかなか最低な出来事がありました。

同じくらい最高なことも沢山ありました。

よかったことも悪かったことも、

誰が悪いとかではなく、すべて自分の責任だったので、

総じて2015年は最高な1年だったと思います。

今年の経験があったからこそ、来年やらなければいけないことがはっきりしました。

最低なことがあって初めてやるべきことはわかるかもしれないです。

来年やらなければいけないこと

  • 自分のサービスをローンチする
    • エンジニアに気軽に相談できるサービス作ります
  • 英語
    • まずは3ヶ月から半年ほど海外に滞在したい

なんで起業したのか?

普段あまりブログは書いていなく、
退職エントリーもないので、
ちょっと起業した背景から書きます。

元々、東京の大手SIerと呼ばれる企業で3年半働いていました。

いろいろチャレンジできる環境で、
研究開発でデータヴィジュアライズのサービスを1人で開発し、
実際に2社に導入してもらい予算を獲得したり、
社内の新規事業の公募で予算をもらい、役員にプレゼンなど貴重な経験を積みました。

給料もわりとよかったです。

趣味で土日や水曜日の夜は、大学の先輩や後輩がいる開発チームでアプリ開発をしていました。
それまで、アプリコンテストやハッカソンに参加するだけだったのですが、
2014年1月にランサーズで自分達が作ったアプリと殆ど同じ機能の依頼がきました!

土日や平日の夜を使い、
アプリを問題なく納品し、はじめて自分達の力だけでお金を稼ぐことができました。
また、アプリを開発したメンバーとは直接会っていたわけではなく、リモートで開発していました。
これがきっかけで、岩手でも生きていけるかもしれないと感じました。

特に前職に不満が爆発してというわけではなく、
その時の開発メンバーの一人が岩手で大学院に通っており、
多分このタイミングを逃したら、
この人と一緒に働く機会はないかもしれないと感じ、
起業を決意しました。

何がやりたいことよりも、人を重視しました。

そして2014年の8月に岩手で私と共同創業者と学生役員の3人で起業しました。

起業してから何やってたの?

クラウドソーシングでひたすら受託開発をしていました。

なぜかというと、地域にエンジニアが増えて欲しいと思ったからです。
地域にエンジニアが増えたら、地域の産業がもっと盛り上がって、
地域はもっと面白くなると考えているからです。

クラウドソーシングは地域にエンジニアが増えるための、1つの鍵だと考えています。
その時は、クラウドワークスも上場前でクラウドソーシングの認知度は今よりもずっと低いものでした。
そのため、企業・チームでクラウドソーシングの受注側を実践している会社・チームは少なく、
僕達がモデルケースになれるんじゃないか!と考えました。

コネも知名度もない若者が岩手でなにやら、クラウドソーシングで稼いでいるらしいぞ!
しかもなにやら楽しそうだ!
1年目はこんな感じを目指していました。

最初はクラウドソーシングのプラットフォームを作ろう!と思っていたのですが、
既に「ランサーズ」、「クラウドワークス」の2強があるんだから、
ちゃんと課題を見つけよう!ということで1年クラウドソーシングの受注側をひたすらやりました。

そしたら、

思っていたより、ずっと最高なことがおきました!

当時無理かな〜と思っていた目標の2倍の売上を稼ぐことができました。

NHKで取材もしてもらいました。

ランサーズの「Lancer Of The Year 2015」で「地域を元気にするランサー賞」をもらうことができました。

WBSにも登場しました。

クラウドワークスの月間総合ランキングで1位を獲得することもできました。

クラウドソーシングプロデューサーにもなりました。

クラウドソーシングではないですが、前職の繋がりで、単価の高い案件もやらせて頂き、お金的にも安心感がでてきました。

沖縄で学生役員の退職記念旅行も行きました。

Titaniumという技術を使っていたので、シリコンバレーのTitaniumを作っているAppceleratorにも行きました。

もう向かうところ敵なし、どんどんやるぜー!
なんて思ってました。

しかし、この頃から共同創業者の様子も変わっていました。
突然、「俺が社長になりたい」と言ってきました。

もともと共同創業者の方が社長になってほしいと、起業前に私の方から言っていたのですが、
もう約1年社長として行動し、責任をもって行動していましたし、実績も少なからず残してきました。

なので、簡単に「はいどうぞ」と役職だけ渡すことは都合が良すぎると感じました。

それと同時に信頼されていなかったと感じました。

ただ、私も社長としてお金をひっぱってきた!とか、
アイディアを出してこれをやろうと決断できたわけではなかったので、
現状で自分の経営的なスキルはそこまで高くないことはわかっていました。

なので、1つだけ条件をだしました。

「社長が変わったら、会社をどう変えるのか?」
それに賛同できたら変わってもいいかなと思いました。

私は元々彼を信頼していましたし、
彼がいたからこそ、起業する決断をしました。

しかし、その後彼が言ってきたのは、 「一緒には好きなことができないので、事業分割させて欲しい」ということでした。

この時はメイン2人しかいないのに事業分割とか何を馬鹿なことを言っているんだろうと思いました。
しかし、彼は本気でした。

クラウドソーシングで彼の担当していた企業を、
「今後事業分割するから、個人的に取引したい」と言ってきました。

この企業は私は一切やりとりしていなかったので、
無理だといっても、案件を回すことは難しいため、了承しました。

その後、彼が担当していた案件は、
炎上してもほとんど何もすることなく、
「これはもう無理だから、取引を中止しよう」のようなことを言ってきました。

この頃には彼にとって、この会社は彼の会社ではなく、
自分とは何一つ関係ない会社になっていたんだと感じました。

彼が経理を担当していたのですが、
ろくに引き継ぎもせずに、
決算前に退職されました。

最後に、会社を去るときに言った言葉は、

「この会社はどうなってもいい。地域が盛り上がるなら別の会社でも手段でもなんでもいい。」

「俺は最初から株式会社を作ることは反対した。」

でした。

私は、彼がいたから起業したのですが、
彼としては誰でもよかったというのを痛感しました。

これが今年の8月だったのですが、
ここから2ヶ月ほど決算のための事務作業以外はほとんど仕事になりませんでした。

まだ起業してから1年なったばっかりで、
やりたいことを何一つできていない状況でなんでだよ。という気持ちと、 彼を許せない気持ちで一杯でした。

もう彼と何か一緒にやることは今のところ一生考えられないです。

これからどうしようと思いました。いっそ辞めるか。とも思いました。

会社にはまだアルバイトがおり、案件も残っていました。

幸いにも、取引先で何社か一緒にやろうよと言ってくれました。 本当に涙がでるくらい嬉しかったです。

ですが、とりあえず受託を続けることにしました。
まだ起業してから、自分がなにをやらなければいけないのかはっきりしていなかったのです。

そのため、それが自分の中ではっきりするまでは、
まず続けようと思いました。

しかし、それもすぐに限界がきました。

学生のレベルが引くいわけでは決してないのですが、
今まで2人で案件を回し、教育、最後の巻取りをやっていたのですが、
それに加え、経理や人に会うことまですべてやらなければいけなくなったので、
今までのようにはいきませんでした。

学生はろくに教わっていないことを、案件として渡され、
かなりの無茶振りをしてしまったので、モチベーションも下がり、
成果物のクオリティも著しく低いものができてきました。

これは間違っていると感じました。

学生をアルバイトをとして雇っていたのは、単純にリソースが欲しいからではなく、
自分が学生だった頃に、プログラムのアルバイトをやりたかったので、
プログラムで稼ぎたい人がむしろ私の会社を利用して欲しいと思っていました。

実際には、
学生はあまり楽しそうではありませんでした。

私自身も苦しい状況で、学生も楽しくないというのは最悪だと感じました。

教育も十分にできていない環境で、カバーできる人もいない状況だったので、
これはもう無理だと思い、申し訳ないながらアルバイトにも11月末で退職してもらいました。

そこで、
会社は私一人になりました。

これからどうするのか?

半年は1人でやっていきたいと思います。
もしかしたら、1年は一人かもしれないです。

今まで、仲間がほしいとひたすら思っていたのですが、
自己表現がうまくできてないので、
私と一緒に何をするの?というところが考えることが出来ませんでした。

私は受託開発が得意で、さらに好きです。
なので、いままでは受託開発をひたすらやっていたのですが、
これでは、人に言えない案件が多いです。

しかも、私自身は楽しくやっているのですが、 これではあまり魅力的ではないみたいです。

完全リモートで、受託で技術的にチャレンジできる仕事ってあんまりないと思うのですが、
やっぱり不安を感じる方や自分達のサービスを作りたいという人が多いです。

なので、来年からは今受けている案件以外は受託開発は一旦お休みして、
自分の作りたいサービスが1つあるので、それを開発しようと思います。

自分が早く使ってみたいので、 今からワクワクしています。

あとは、経営者を目指していたのですが、
来年エンジニアとして成長してからにしたいと思います。

そのために、英語はかかせません。

今も、外人と開発を一緒にやっているプロジェクトがあるのですが、
コミュニケーションが結構つらいです。

英語は今年もいろいろ勉強していました。 レアジョブや単語をひたすら覚えるなど、やっていましたが、、

1人での勉強はモチベーション的にも続きませんでした。。 ついつい、受託が忙しいと英語は疎かにするばかりで、 成果が見えるまで続けられませんでした。

私は勉強はとても苦手なので、 英語しか使えない環境に行くのがベストだと思っています。

そのため、海外でサービス開発しながら英語も学びたいと思います。 シンガポールあたりがいいかな〜と思っています。

最後に

早めにこういった結果になってよかったと思っています。
起業してから一緒にやれる仲間というのは、最高な時に最高に盛り上げてくれる人ではなく、
最低な時に一緒に踏ん張ってくれる人だと思います。

なので、踏ん張れないのであれば、
ずるずるいくよりも、スッキリした方がいいので、
これでよかったと今は思うようにしています。

最初の仲間集めは本当に難しいと思いますが、
すべてはその時のタイミングだと思うので、
これに懲りずどんどん人と関わっていきたいと思います。

1人になった今、ようやく、
自分の好きなことをやろうと考えるようになりました。

受託も好きな事なのですが、
もっと自分を表現したいと思うようになりました。

1度しかない人生なのでチャンレジあるのみだと思います。

来年は自己表現を頑張りたいと思います。

ブログもこれを機会に復活させたいです。

2016年もみなさまどうぞよろしくお願いいたします。

よいお年を